一億総猫化計画・・・まあ、要するに猫みたいに暮らせたら良いねって夢物語

私は今、40代後半な訳ですけれども、75歳までに何とかどうにか実現されないかなあって大きな夢があります。

それは「一億総猫化計画」

何のこっちゃって感じなんですが、タイトルにも書きましたとおり、人間も猫みたいに暮らせたらいいね~ってお話です。

まあ、これ、私一人の力で出来るわけがないので、日本にお住まいの皆様の意識ががらりと変わって頂くにはきっと25年以上は軽くかかるんじゃないの?私の寿命がくるまでにそういう世界がみたいなあぐらいの気持ちであって、私が変えてみせる!!などとは思っておりません。

常々感じていたことなんですが、日本人ってね、頑張りすぎだと思います。それに合わせて、日本にお住まいの外国の方々も頑張らざるを得ない状況になってないかなあ、などとぼんやり考えております。

猫って、頑張るイメージ、あります?私、人間って猿じゃなくて猫から進化すれば良かったんじゃないの?とか思うこともあり。笑

猫ってね。何にも持っていないのですよ。土地も家も物もお金も自分名義では所有していなくて。ぜ~んぶ、借り物。もうね、食べ物すらも自分でとってこなくてもいい猫もいて。

野良猫の場合、縄張り争いとか、天候が荒れたとき、暑い日寒い日、食べ物に関してなど、色々とご苦労もあるかと思いますが、それでも生きているんですよね。

猫からしてみれば「気楽そうに見えるかも知れないけど猫からするとこれはこれで大変なんだぜ、人間が羨ましいよ。」なんて言葉を話せたら語りかけてくるかも知れませんが、

何も持っていなくても生きている。もうね、これだけで良いのかもと思いますね。

とはいえ、夏だと暑さはしのぎたくてエアコンの効いた部屋にもいたいし、食べたいものを食べて着たいものを着たいし、子供には苦労させたくないし、将来を狭めるようなことは親としてはしたくない。そのためには頑張らないと。

などなどお考えがあると思います。

どうして頑張るのか、どうして我慢をするのか。猫のように肩に力をいれないで生きられないだろうか。

我慢し続けて頑張った先にあるものは本当に幸せが待っているのか。

私はかたづけが苦手な方の特徴として「我慢強い」「頑張り屋さん」だと感じています。

我慢強い頑張り屋さんはどうして沢山の物に囲まれてしまうのでしょうか。

猫のように何も持っていなくても生きる術。それは他人様の力を借りることなのではないかと私は感じています。お互い様ってやつでしょうか。

全ては借り物。この肉体さえも。

そして猫ってたまには猫会議とか開いているようですが、基本的に1匹狼ならぬ1匹猫ですものね。その辺のバランスも良さげに感じます。普段は一匹だけれど、たまにはみんなでね♪みたいなね。

私が75歳になるまでの間に見渡す限り、肩に力が入っていない人だらけになっていますように。

そのためには私からまず、肩の力を抜いて他力本願にならないと。笑

出来るだけ頑張らずに肩の力を抜いてだらだらと過ごす練習をしたいと思います。

かたづけとは楽をすることだと思うからです。

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